近年ヒトの脳構造および神経機能画像テクニックの進歩により損傷脳を対象とした研究も盛んに行われるようになってきています.今回は急性期の右脳卒中患者において出現頻度が高く,臨床上判別が難しいとされていた視覚性無視(Visual neglect)と消去現象(Extinction)の発現メカニズムの相違を構造画像テクニック(Lesion mapping)および神経機能画像(task-related fMRI)を使用して明らかにした研究を紹介します.
Title「Acute visual neglect and extinction: distinct functional state of the visuospatial
attention system」
「急性期のVisual neglectとExtinction:異なる視覚性注意システムの機能状態」
対象:初発で右中大脳動脈領域の脳卒中患者右33例,健常コントロール15例
方法:脳卒中患者は臨床徴候(観察)と神経心理学的検査結果を基にVisual neglect群,Extinction群,いずれの症状も呈さない群の3グル-プに分類された.これらの群に健常群を合わせて4群で視覚性課題(PC画面の左右に出現したターゲットにできるだけ速く反応する課題)の成績と課題遂行時の脳活動を比較した.脳卒中患者3群においてはそれぞれ損傷部位の重なりの程度(Lesion mapping)が示された.
結果:Lesion mappingの結果よりVisual neglectは他の患者グループより損傷領域が広範であるが,Extinctionは比較的限局した病巣を示した.視覚性課題の成績は無視群で最も低く,右視野では80%以上正確に反応できるも,左は25%程度であった.Extinctionはいずれの視野においても90%以上正確に反応できた.課題遂行時の脳活動ではVisual neglectは右頭頂,後頭領域,および左前頭眼野の活動減少が特徴的であったが,Extinctionは他のグループとは対照的に左前頭前野の活動上昇が認められた.また左視野のターゲットと脳活動の相関ではVisual neglect,Extinctionの両者で左前頭,頭頂葉に有意な相関が認められた.
考察:これらの結果から少なくとも急性期脳卒中においては左頭頂葉の活動上昇が無視の特異的な現象ではないこと,また左視野のターゲットに反応する際の左前頭,頭頂葉の賦活は対側である右半球損傷後の代償的な役割を果たしている可能性を示したものであるかもしれない.
急性期脳卒中の臨床において区別が難しいVisual neglectとExtinctionを構造,機能の両面から解析し,その相違を明確にした研究であり,今後の臨床においてもこの知見を有効に利用し,意識的に診療にあたっていければと思います.もしこの左前頭頂領域が代償的な役割を果たしているのであれば,機能に直接的に働きかけるこのような課題が脳の可塑にどのように影響しているのか,神経回路の再構築,再組織化,またdiaschisisからの回復などが示されたら,リハビリテーションのエビデンス構築に大きく貢献する可能性があるのではないかと思いました.
Umarova RM, Saur D, Kaller CP, Vry MS, Glauche V, Mader I, et al. Acute visual neglect and extinction: distinct functional state of the visuospatial attention system. Brain. 2011; 134:3310-3325.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21948940
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